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<1995年3月神戸ハーバーランドの日の出>
1994年4月から1995年3月まで甲南大学の大学案内の撮影を担当していました。1990年10月にフリー写真家として独立した2年後くらいから大学案内専門のプロダクションの撮影を紹介して頂いて立命館大学をはじめ関西の色々な大学の撮影に行ってました。(ちなみに母校の同志社大学は独立して一年後くらいから入試課さんから撮影依頼受けてました。)ひとりの写真のカラーで大学案内を作りたいということで全撮影を担当したのは甲南大学がはじめてでした。巻頭6ページで甲南大学生の24時間という企画があり年末に「神戸の港の朝日の写真を撮って欲しい」と頼まれていました。
1月19日に甲南大学で撮影が入ったので、その日の早朝に日の出を撮ることにしていました。そして1月17日に阪神淡路大震災が起こりました。当時、京都修学院のマンションの4階に住んでいた私は地震で飛び起きて「マンションが倒れて死ぬかも」と思いました。飛び起きてマンションのドアをあけ揺れが収まってテレビの情報を見ると震度が3とかで「?」と思いながら「大丈夫か」と思ってまた寝てしまいました。2時間後に神戸が大変なことになっている映像をテレビで見て呆然としてました。日の出撮影に行く日でしたら時間的に阪神高速走行中に被災していただろうことに気づきました。
それから約1ヶ月後に大学案内に仕事を仕上げる為の撮影に甲南大学に訪れて、担当の大学職員の方を固く握手を交わしたことを今でも覚えています。そして取材撮影したチアリーダーの子や大学生が震災で亡くなっていることを聞きました。道路も寸断されていて電車とバスで機材かかえての移動中に、一緒に並んでいる神戸の人の気持ちが伝わってきました。
そして裏道を通ってなんとか車で行けるようになり京都から3時間かけてハーバーランドに朝日を撮りに行きました。そして祈りながらシャッターを切りました。自分のなかでも大事な撮影だったのでAポジを納品しましたがBポジはこうして残していました。(フィルムはポジフィルムなので一番いいカットをAポジト呼び以下B、Cと呼びます)

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<甲南大学 大学案内1996 巻頭6P>
ドキュメンタリータッチで甲南大学生の一日を追う企画でした

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<甲南大学 大学案内1996 目次イメージカット用に校舎の地球地図を撮影>
このような仕事では現場にあるものでA3サイズのイメージカットを撮れることも大事なことです。広角レンズをf2.8の開放にして、ピントのあってないとこがにじむタイプのソフトフォーカスフィルターを使い、ストロボでライティングして右上のところをわざとオーバーに飛ばせてにじませています。今の時代なら撮影後にPhotoshopでかけ具合を見ながら調整するでしょうが、フィルム時代は頭のなかでイメージを作って撮っていました。

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<1995年3月神戸ハーバーランドの日の出(その2) >
うえの写真撮影した後にわざとアンダーにしての撮影です。