私は小学校低学年から両親に連れられて、海外の有名な絵画が京都市美術館にくる時に見に行ってました。絵の見方は全く解らないのでどうしようと考え、「今回の展示のなかで一番好きな絵はどれか」を探すことを楽しむことにしました。全部見終わってから一番好きと思った絵の前に行ってもう一度眺め、誰が書いた絵なのか名前を見ました。「何故この絵が好きなのか」も考えたりしましたが、それが明確になることはありませんでした。そしてその絵のポストカードを買って貰って帰ってました。両親が絵画好きだったのでしょっちゅう連れて行かれたように思います。

何かを見る時にはそれを続けていて、いま写真展を見に行く時もしています。そして撮影者に「私はこの作品が一番好きです」と伝えています。もちろん好きな作品の該当なしの時もあります。
そして、プロ写真家になることを志してからしていることもあります。それは『プロの写真を見て、いいと感じるものには「いい写真で好きだ」よくないと思うものには「これは嫌いだ」と心の中で呟くこと』です。ちなみに一番「これは嫌いだ」と言われた写真家は駆け出しの頃の自分になります。出来るだけ先入観をもって見ないようにしたいので、雑誌の写真などを見る時には撮影者の名前は後から見るようにしています。
そういうことをずっと続けてきたので、自分がいいと思う写真と嫌いと感じる写真が非常にはっきりしてきました。ただ、何故いいのかを言葉で説明することが出来ません。それはいい音楽が何故いいのか説明出来ないのと同じような気がします。
写真も正解というものがない世界ですが、私は日本広告写真家協会の展覧会事業部副部長として大阪市立美術館での関西展の総責任者として展示形式も決めたこともあるので、そんなにはずれた見方はしてないと評価されているようです。
「好き」とか「嫌い」とか思うことは個人の自由なので、この方法を試されてはいかがでしょうか。自分としてのオリジナルな写真の見る目がが養われると思います。
添付の写真は賛否両論があるだろうルーブル美術館の入ったとこにあるミケランジェロの彫刻作品を自分の写真作品にしようとして撮ったものです。

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